第10回 記念研究会「ことばと認識」

2012年11月24日(土)13:30-17:00 青山学院大学 青山キャンパス 6号館第4会議室

「ことばと認識」


講演「日英語における認識的モダリティをめぐって―因果的推論システムを中心として―」
澤田治美 講師(関西外国語大学)

モダリティは事柄(もしくは、命題内容)がどうあるか、どうあるべきか、あるいはどうありえるかということに関わる意味的なカテゴリーであり、意味論と語用論の両方の領域にまたがっている。モダリティは主観的モダリティと客観的モダリティに分かれるが(澤田(2006, 2011))、前者の場合、概念化主体が事柄をどのように捉えているのか、あるいは、時枝の言語過程説で言えば、言語主体がある場面の中で素材をどう認識しているのか、が問題となる。

意味とは、「事物や表象に対する主体の捉え方」であり(時枝(1955: 4-5))、「概念化」(conceptualization)にほかならない(Langacker(1991: 2))とするならば、言語の背後には認識があると言えよう。 ※1

さらに、時枝の「場面」を「コンテクスト」とみなした場合、コンテクストには、(相手、聞き手を含む)物理的環境だけでなく、前提条件、百科事典的知識、想定、推論、情報の新旧といった目に見えないさまざまな要素が含まれると考えられる。どのような要素が関与するにせよ、モダリティを用いて表された事柄は、断言されない(あるいは知覚されていない)事柄である。 本研究の目的は、以下の例に見られるような日英語の認識的法助動詞(あるいは、述語)の適格性に関して「因果的推論システム」という概念を用いて論じることである。

  1. Nancy keeps crying : she{may/might/must/*should} have a problem.
    (Cf. Swan (20043: 334))
  2. John’s head is hot and clammy: he {may/might/must/*should} have a temperature.
    (cf. Leech (20043: 79))
  3. おや、図書館が閉まっている。 今日は休み{なのに違いない/なのかもしれない/らしい/*のはずだ}。
  4. 「きみ」と、椅子を立つとき、加藤は小野木の肩をたたいた。
    「帰りには、ビールでものまないか」
    「そうだな。しかし、今日は失敬しよう」
    「いやに元気がないね。どうしたのだ?」
    「疲れた{のかもしれない/に違いない/らしい/*はずだ}」
    (松本清張『波の塔』)(原文は「のかもしれない」)
  5. 春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野のうはぎ摘みて煮らしも(春日野に煙が立つのが見える。乙女たちが春野のうはぎを摘んで煮ているらしい。)(『万葉集』巻第十1879)

本研究では、上の例におけるように、話し手が2つの事柄を因果関係によって結びつける際に、断言された「結果」に基づいてその「原因」を推論する(換言すれば、「原因説明的推論」の)場合には、

  1. 認識的なmay, might, mustは適格であるが、shouldは不適格である。
  2. 「(の)かもしれない」、「に違いない」、「らしい」(あるいは、「らし」)などは適格であるが、「はずだ」は不適格である。
    ということを明らかにする。さまざまなデータを挙げてこの分析の妥当性を実証し、かつ、この線に沿った分析が外的世界や言語に関する私たちの認識の本質を解明することにつながることを示してみたい。

※1 Langacker (1991: 2)では、次のように述べられている。

(i) Meaning is equated with conceptualization. Linguistic semantics must therefore attempt the structural analysis and explicit description of abstract entities like thoughts and concepts. The term conceptualization is interpreted quite broadly: it encompasses novel conceptions as well as fixed concepts; sensory, kinesthetic, and emotive experience; recognition of the immediate context (social, physical, and linguistic); and so on. (意味とは概念化にほかならない。それゆえ、言語的意味論は、思考や概念といった抽象的な実体を構造的に分析し、同時にそれらを明示的に記述しなければならない。この場合、「概念化」という用語をかなり広く解釈することにする。この中には、既に確立した概念や新規な観念、さらには、感覚的・運動感覚的・情動的な経験、直近のコンテクスト(社会的、物理的、言語的)の認識、などが含まれている。)


研究発表プログラム

  1. フィクションとノンフィクションに見られる比喩表現についての一考察 平山志保香
  2. 現場指示における指示対象の認識の差について:スウェーデン語話者と日本語話者の比較 桑野リデーン充代
  3. 自然発話における『ノダ』の語用論的性質と連鎖的機能 西住奏子
  4. 日本語辞書・和英辞書における主体的表現「やはり」の記述:日本語小説の英訳と関連させて 加納麻衣子
  5. コーパスにみる名詞句の文副詞用法 高橋圭子
  6. 措定文の理解に関わる要因 吉田愛
  7. 受容年齢層による動詞使用の差違: 海外文学作品の日本語訳の場合 湯浅千映子
  8. BCCWJ「Yahoo!知恵袋」「Yahoo!ブログ」における複合動詞「~切る」の文法化現象 志賀里美
  9. 専門用語の意味をめぐる専門文献と一般向け文献の比較:「高分子」を構成要素とする複合名詞の意味形成 高野明彦
  10. 新聞における混種語の使用実態の一考察: 語種構成を中心に 時岡範子
  11. 高校生を対象とした「コミュニケーション・トレーニング 」の実践 高橋俊夫
  12. 語る活動が創出する仮想環境に応じた各主体による自己の捉え直し 名塩征史
  13. 翻訳作業の参与的内部観測のために: 日本語でのシャドウイングという方法論 高橋さきの